親友が生きた証・・・ 07/04/12

先週の週末は、守谷ホームコースの復活フリー走行でした。

やっぱりホームコースは落ち着くね。

子供達のコースは手前に、大人たちのコースはその奥に思いっきり延ばして作りました。

大人は時折 セクションごとのスクールをやったり、子供とは探検に行ったり、お互いの良いとこ悪いところを確認しあう 落ち着いた会話がとても楽しい。

それにフルパワーマフラーで遠慮なく走れるというところも、適度に難しいコースと路面も、やっぱりいいね!われらが守谷は!

ホームコース練習仲間の面々も、このホームコースが一番落ち着くと好評で、オレも心底嬉しく感じました。

これから少しずつみんなが戻ってくると思うけど、選手権コースじゃない練習場が戻ってきたことで、本当に安心しました。

これでさらなる新コース物色作業も、もっとはかどるというもの。さらにお楽しみに。

前回のひとりごとに書いた、大親友 足達生次の通夜と葬儀に行ってきました。

彼とコースでお付き合いのあるW松ファミリーもたくさん来てくださり、ただただ感謝です。ありがとうございました。

2輪オフロード車の開発者、オフロード大好きな人間の最後としては、とても華やかでかっこいい式でした。

というのも、通夜も葬儀も会場は 彼が手がけたバイクで飾られ、あらゆるレースでの走行写真(大好きだったBAJAでの写真も)で満載。

なかにはHRC在籍時代に作り上げた 高濱選手のチャンピオンマシンであるRC250や、XR400、XR650BAJAワークスマシンなどなど 彼が生きた証は 今でも脈々と我らオフローダーの間を流れつづけていることが 示されていました。

彼の葬儀にあまたのバイク関連で飾ったのは、言うまでもなく彼の職人気質を愛してやまなかった開発者の仲間たちでした。

彼が人を愛したように、彼が愛された証を示した日でもありました。

親族代表の挨拶は、なんと モトクロスが大好きな次男が行い、その物怖じしない堂々としたDNAは、「父がみなさんから頂いていた愛情を、今後は私たちにお願いします。」という内容の立派な挨拶でした。

そして、通例ならば霊柩車のホーンで旅立つものですが、彼の場合には、XR650 のBAJA本番車 のエンジンが高らかに始動され、彼らしく 彼の開発マシンの爆音とともに、旅立っていきました。

オレは、彼のDNAと、オフロード環境を、足達の志である、オフロードの楽しさをもっとたくさんの人々に知ってもらいたい・・という遺志のためにも、死ぬまでがんばりたいと思います。

みなさん ありがとうございました。引き続き ヤツの息子の純をよろしくお願いします。